仁丹町名看板が京都の地に復活します!

こんにちは。

このブログを読んで頂いたそこのあなた。
最近、新聞やネットで何気なく読んだ「仁丹町名看板 復活!」という文字。
きっと『町名看板?仁丹が?あの銀粒の?看板とどう関係があるの?』と、さっそく ネットで検索してお越し下さったのかもしれません。
ここにいらっしゃったのも何かのご縁ですね。そんなあなたに仁丹の町名看板について、 私、「京都琺瑯(ほうろう)町名看板プロジェクト」メンバーのワタナベがご説明いたします。

当社は、あの銀粒で有名な仁丹です。おじいさんの世代から銀粒も有名でしたが、 ずっと昔、明治43年ごろから「広告益世」の理念のもと、「大礼服マーク」がついた町名看板を全国各地に設置したのです。
その後、戦災で多くは失われましたが、近代化に伴ってさらに枚数が減ってしまい、 一番多く残っている地域は、京都で、約800枚と言われています。
さらにここ数年、京都の町家が壊され、看板も外されていくことへの悲鳴が多く寄せられるようになりました。

大礼服の紳士の霊力も働いたのでしょうか?!

当社としても100年以上も京都の町に溶け込んできた仁丹看板をなんとか復活させたいという思いから「京都琺瑯(ほうろう)町名看板プロジェクト」を発足しました。

先日、ある新聞に看板の設置を希望する町内会と、町名の書き手の応募を開始しましたが、当初の予想よりも反響が多く、 メンバー一同嬉しい悲鳴をあげています。
数あるお問い合わせの中でも、看板に思い入れがあり、懐かしい思い出とつながるのでしょうか、お年寄りの方と、長電話になることもしばしば。
中には涙ぐみながら語られる方もいらっしゃって、とても心が和みます。

『ジンタニアン』という、仁丹看板の愛好家(看板を求めて写真を撮り、ブログに載せたり・・)の活動があるのは知っていましたが、 こういった市民レベルでも、仁丹看板は、本当にたくさんの方から愛されて来たんだという事を改めて知らされました。

仁丹看板は、ひとつひとつが手書きです。
今回のプロジェクトも、昔の方法に従って、製作段階では実際に看板に直接、町名を書いて頂きます。
そう、あなたの字がこの先100年、京都に残されるのです!
その人となりがあらわれる文字。その時代背景と一緒に、後世に色々な想像をかきたてることでしょう。

このブログを読んだあなた。
これも何かのご縁です。ぜひご応募してみませんか?
こちらにお問い合わせいただければ、私、ワタナベが応募書類を送付します。
ご応募お待ちしております!

写真はまるでお風呂の中のような猛暑の京都を、仁丹看板を求めて捜し歩いて撮った1枚です。
見つけたとたん、思わず、「あ”ー」っと叫んでしまいました!

*京都町名看板の設置住居及び書き手募集について


お知らせ 2010年9月01日 | この記事のURL